同じ日の、時刻は朝の8時。まだ冬のこの時期、辺りは薄暗く、
霜が降りている。
蒼菜は今か今かと、プラットホームで来ない電車を待っていた。
この線は、電車があまりにも本数がないことで、有名だった。
期末テストを今日に控え、手には数学の教科書をもっている。
(あー、寒いし、テストだし、ほんと嫌んなる。)
心の中で、不満を募らせる蒼菜。
しばらくして、ようやく線路の向こうに、一筋の光が見えた。
電車の光だ。
(あー、死ぬところだった~)
蒼菜は足を小刻みに踏み鳴らし、到着を待った。
プシュー
電車が到着し、扉があく。
早く暖かい車内に乗り込もうと、蒼菜が鞄の取っ手を持ち直し、乗ろうとしたときだった。
そう人のいない、空いた車内で、一人サングラスをかけた男性が、目に入った。
(あれ?)
どこかで見たことがあるような、男性。
だが、思い出せない。
(なんか、見たことあるんだよな。でも、違うかも。)
蒼菜は気になりつつも、その男と向かい合わせの、真正面に座った。
黒いズボンに、印象的な、ゴシック調の蝶の絵の上着を着た、その男は、
サングラスの下、寝ているのかと思うくらい、動かない。
動くのは、その男の首にかかる、十字架のシルバアクセサリーくらいだった。
(あんまり、見てたんじゃ、オカシイ人って思われちゃうよね・・・)
蒼菜はしぶしぶ、男から視線を外し、車窓の外を見た。
外では、ちらほら粉雪が降っている。
(今日は、格別寒いもんね・・・あっ、そうだ。テスト勉強!
私ったら、変なこと考えてる暇ないのに・・・!)
慌てて、改めて数学の教科書を開く蒼菜だった。
『次は大佐倉駅ぃ~、大佐倉駅ぃ~』
蒼菜が数学の教科書と、必死でにらめっこしていている時、
目の前の、動かなかった男が立ち上がった。
(あ・・降りるんだ・・)
男の正体が気になりもした蒼菜だったが、
テストへの恐怖の方が、勝っていた。
男の方を気にしないまま、次の教科書のページをめくろうとしたときだった。
目の前を、蒼菜の目の前を何かが落下した。
「えっ」
一瞬のことで、慌てて落ちた物を確認しようとする蒼菜。
落ちていたものは、目の前の男が身につけていた、十字架のネックレスだった。
男は気づいていないらしく、そのまま降車しようとしていた。
「あ、これ、落しましたよ・・!」
急いでネックレスを拾いあげ、男のもとへ駆け寄る蒼菜。
男は呼び止められて、サングラスをしたまま、振り返った。
「すいません、落し物です」蒼菜はサングラスの奥を、食い入るように見つめた。
数秒男は押し黙っていたが、十字架を返そうと蒼菜が差し出すと、
驚いたことに、逆に蒼菜の手に、その十字架を握らせたのだった・・・。
「・・えっ?」
「持ってて・・」
電車がプラットホームに到着したらしい。扉が開き、男は何もなかったかのように、
駅へ降りていく。
突然の出来事。あっけにとられる蒼菜。今何が起きたのだろうか。
そして、「持ってて」と、男の一言。
蒼菜は狐に包まれたような顔で、揺れる電車に取り残された。
しかし、その手にはしっかり、男から渡された十字架が握られているのだった。